ナオランジェリーのコンセプト”深い思いやりこそが最も美しいもの”について考える。VOL.1

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「何故、思いやりが必要なのだろうか。」

弱肉強食であるこの世界で、私たち人間は共存していくことを選択し、なんとか生き抜いてきた。日本人の教えでいうと「和を以て尊し」とするということを選んだ。もともと動物であるが故に、本能だけでは叶わない理想郷。そこで秩序を作り、助け合い生きていくことを目指した。その秩序の最も大事なことが、独占せずに分け合う精神であり、それが他者を思いやるということなのだ。「もの」を独占しないということは分かりやすいが、私たちの中にある「こころ」も同じこと。少しのゆとりがあれば、目の前の人が、お友達が困っている時に、私の心を差し出すことができる。それはちょっとした言葉でも、積み重ねた未来は大きく違う。

統率力のある人間を輩出することは大事だが、その人間が銭や富を独占する・飲食料を独占する・権力を独占するのであれば、これは狡い野心にまみれた最も醜い行為。ただ、私たちはそれを批判するだけではいけない。与えてもらうことばかりを求めるのではなく、それぞれの個々が自力で得る力を持つことがとても大事になる。そして、得る力を持ったものは、適切に分け与えていくべきなのだ。怠惰な人間にではなく、自力で得たくても得ることができない状況の人にだ。私は富を否定してはいない。この自由民主主義にしろ社会主義にしろ、どんな世界でも権力や力のあるものが強い、弱肉強食の世界であることにはかわりないのだ。そこで勝ち抜く能力と気合がある人がのし上がっていく。これは動物社会でも古代現代に関わらず人間社会、ジャングルの奥の民族でも全く同じであり、それは英雄でもあるのだ。これは実は至極真っ当、誰も否定できない当然の原則なのである。

そこでやっと、英雄の資質が試されることになる。得た食料や富をどうするのだろうか。英雄に必要なのは何であろうか?統率力に加え、心から民を思うことができるかどうかではないだろうか。自分以外の誰かを思いやること。私は、これが人としての本当の一番の強さであると思う。英雄を例に挙げたが、英雄だけではなく、全ての人間が理想とする強さである。経営者、部長、家長、家を仕切る奥方、すべての人間に通じる目指すべき姿だと思うのだ。

映画の話になるが、超高速参勤交代というコメディ映画がある。佐々木蔵之介演じる内藤政醇(ないとうまさあつ)がどうにも金銭が足りず、その対策として家臣は民の税を上げようと提案する。しかし内藤は、「それは絶対にしてはならない。我々が少しの我慢をすれば良い」と却下するシーンがある。これこそが私たちが求める人間像でないだろうか。

今一度、自分に問うてみよう。「私は、心から人を思いやることができる人間だろうか。」

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